【レポート】VTSテーブル#02 のご報告

こんにちは、ロプスタKです。

2月はじめに行われました、VTSテーブル#2のご報告です。

その前に関連情報
●VTSテーブルって? → http://blog.loplop.org/2012/01/1_03.html
●VTSテーブル#1のレポート→ http://blog.loplop.org/2012/01/vts01.html


今回もお昼をはさんで3点の作品鑑賞×3セットを段階的に行い、
参加者それぞれで作品を観て気付いたことや感想を出し合いました。

ナビゲーターの亀田さんが、一人一人の発言を整理して確認・質問を投げかけたりしつつ
一点一点の作品をじっくりとみていきます。

今回は前回よりも絵画以外の作品が多く出てきて、少しハードルが上がったかな、と感じました。
絵画のほかは写真、立体、映像作品の一場面までさまざまでしたが、
おもしろいなと思ったのは、それぞれに注目している時に、
絵画は絵画の、写真は写真の、そして立体作品は立体作品の
というように、自分自身の頭の中で「それ」を見る時に働いている部分が違うような気がしたことです。

「むずかしいな~」

とある作品が出てきた時、参加者からこんな声が聞こえてきました。

木と女の人が描かれているのですが、女の人は細い木の枝に片足と片手をかけて
とても不安定な様子でバランスを保っているように見えます。
更にその人は裸で、体の上から下までの間に、目の部分から始まって
赤や緑で包帯のように太い横縞のラインが塗られていました。
手に何かを持っていますがはっきりとはわかりません。

描かれている状況も謎、目が隠れているので感情もわからないし、
その描かれている支持体(油絵でいうキャンバスのように、その絵が描かれる素材のこと)そのものにも
凹凸の段があり、どうやら板のような、平面の紙でもなさそうで
見る側にとってはまるで「とりつくしまが無い」ような状態・・・。

それでも少しずつ気付いたことを話し合っていく中で、その場にいる私たちの合作のようにして
さまざまな想像がどんどん枝葉を広げていきました。
ここまで来るともう、それが何なのか、作家や作品による「答え」はあまり関係ないのかもしれません。
わからないものを無理にわかる必要もありません。
けれど、観ている私たちは確かに何かを見て、そして言葉にしていきます。

「むずかしい」ってなんなのでしょう。
アート作品を観る時に、私たちはいったい何を見て、どこを働かせて、理解(または無理解?)したつもりになっているのか
色々と考えさせられた時間でした。もしかしたらこれはアートだけに限られたことではないのかもしれません。

作品としっかり向き合うという体験は、時に、楽しいだけではない深い思索を私たちに与えてくれます。
その行為自体が、一人一人にとって意味のあることなのかもしれない。
そんな風にも感じたのが、前回の講座からひとつ、進んだことだったのかなと思います。

最後に、VTSテーブルに参加しての皆さんからの意見・感想を、少しご紹介して結びます。
  • ひとつひとつの作品と、じっくり向き合える時間というのは案外少ない。その意味で面白かった。
  • 写真というのは、絵画と違ってありのままが見えているので、あれこれ言うのが難しいなと思った。
  • 作品のタイトルにしても画面の中の一文にしても、何かを理解しようとする時に「文字」という情報はなんててっとり早いのかと思った。文字が及ぼす影響は大きい。
  • この場に作家がいたら面白いと思った。自分たちの感想や話し合いを聞いて、作家自身が勉強になるような。
  • 画像で作品を観るだけでは限界がある。やはり本物を見て、そして画像というように両方見るといいのかも。
etc...

今後もこのVTSテーブルは継続していこう!という予定です^^

未体験の方、ぜひぜひ次回はご一緒しましょう!

コメント